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スイミー Swimmy Leo Lionni

アメリカ そのほか

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スイミー 小さなかしこいさかなのはなし

作: レオ・レオニ
訳: 谷川 俊太郎
出版社: 好学社 

初めての出会いは、子供たちが持っていた小学校の 国語教科書です。そこにお話が載っていて、しかし絵本ではないので、絵はこの本で初めて見ました。絵が美しい!

 

話はみなさん知っているでしょう。

小さな魚たちがみんなで集まって力をあわせ、大きな魚を撃退する話です。

「みんな いっしょに およぐんだ。うみで いちばん おおきな さかなの ふりして!」

スイミーはおしえた。けっして はなればなれに ならない こと。みんな もちばを まもる こと。

みんなが 一ぴきの おおきな さかなみたいに およげるように なったとき

スイミーは いった。「ぼくが めに なろう」

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ぼくが めに なろう。有名なせりふです。

スイミーだけ体の色が黒いからです。

 

翻訳者の谷川俊太郎レオ・レオニを評して、

「絵本作家という存在が、本質的には絵描きであると同時に、詩人なのだ」といっています。

 

スイミーが海の中で出会う生き物たちがおもしろい。

にじいろの ゼリーのような くらげ

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すいちゅうブルドーザーみたいな いせえび

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ドロップみたいな いわから はえてる こんぶや わかめの はやし

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そして かぜに ゆれる ももいろの やしのきみたいな いそぎんちゃく。

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うなぎ。かおを みるころには、しっぽを わすれてるほど ながい。

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うなぎ、傑作です。ルナール「博物誌」

(フランス語原題:Histoires naturelles  Jules Renard )の

蛇。長すぎる。(Le serpent. Trop long.)

を思い出します。

 

レオ・レオニ Leo Lionni(1910-1999)

こんなユニークな人、どこから現れたんだろう。

調べてみると、ユダヤ人でオランダ生まれ。

裕福な家庭に育ち、美術品収集家の叔父の影響で、ピカソやクレーなどの作品が身近にあった。イタリアに移住するも、1939年、ファシスト政権誕生と人種差別法公布により、アメリカ合衆国に亡命。

フィラデルフィアの広告代理店NWエイヤーに就職する。ニューヨークで複数の新聞社で美術担当編集者、グラフィックデザイナーとして働きながら、美術学校や大学で講義を行い、各都市での巡回展も開いた。

1945年にアメリカ国籍を取得し、1953年にはアスペン国際デザイン会議の初代会長を勤める。エリック・カールの才能を見出し、ニューヨーク・タイムズ広報部への就職を世話した上、編集者を送り絵本の仕事も勧めた。1959年、孫のために作った絵本『あおくんときいろちゃん』で絵本作家としてデビューを果たした。

1962年、再びイタリアに戻り、自身の本のイラストレーターや、彫刻の活動を始める。以後およそ40冊の絵本を発表する。1970年以来想像上の植物の構想を練り始め、1976年に「平行植物」の題で学術書の体裁で出版された。

1999年、イタリアのトスカーナ州で死去。(ウィキペディアから)

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Leo Lionni AIGA | 1984 AIGA Medalist: Leo Lionni

 

エリック・カールの才能を見出し、ニューヨーク・タイムズ広報部への就職を世話した上、編集者を送り絵本の仕事も勧めた。」ここがすごい。

わたしにとって、二人の作風は似ている。兄弟のようである。