読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

地球の用事 まどみちお 

104歳でなくなった まどみちお (1909 - 2014年)。

「ぞうさん」や「やぎさんゆうびん」など、日本人の子供時代と強く結びついている詩人です。

 

 

  地球の用事      
   
          まど みちお


ビーズつなぎの 手から おちた

赤い ビーズ

 

指さきから ひざへ

ひざから ざぶとんへ

ざぶとんから たたみへ

ひくい ほうへ

ひくい ほうへと

かけて いって

たたみの すみの こげあなに

はいって とまった

 

いわれた とおりの 道を

ちゃんと かけて

いわれた とおりの ところへ

ちゃんと 来ました

と いうように

いま あんしんした 顔で

光って いる

ああ こんなに 小さな

ちびちゃんを

ここまで 走らせた

地球の 用事は

なんだったんだろう

 

 

f:id:cenecio:20160607152715j:plain

(写真:ムンク美術館 オスロ 1983年)

 

小学生の時、母がまどみちおの詩集を買ってくれた。

なかでも好きだった詩がこの「地球の用事」。裁縫をしているおかあさんの手からビーズがひとつ、コロコロ転がっていく、たまたま畳に開いていた、焼け焦げの穴で止まっている、たったそれだけのことなのだが、ずっと心のなかにそのとき思い浮かべた映像とともに、この詩が残っている。

 

あんしんした 顔で

と、ビーズを擬人化している。ビーズは子供である自分なんだろう。

おかあさんのそばで満ち足りて安心している自分。

地球も大きく自分を守ってくれている。地球は神様かもしれない。

いつも守られている自分の日常をうたったのかもしれないな。

 

先日図書館で『まど・みちお童謡集 地球の用事』(JULA出版局1990年)を見つけ、選者である阪田寛夫のあとがきを読んで驚いた。

若いときから腺病質で、のちに長い間胸椎カリエスで病臥していたお母さんは、自分の家計が苦しくても困っている人を見ると、力になってあげずにはいられない性分でした。そしてまどさんも、小さいときから体が弱いのに、その詩を読めばお母さん同様、苦しんでいる人や生き物や地球と一緒に苦しまずにはいられないたちだとわかりました。妹さんの話では若いころから家庭の中で「神さま」というあだ名がついていたそうです。時ならず貧しい台湾の人が、まどさんの手も通していない新しい背広を返しに来たり、ささやかでも心のこもったお礼を持ってくることがあって、そんな時、家の人が期せずして言い合ったそうです。「神さまが、また何かしたね」と。 

やられた~と思った。

地球はやっぱりそのまま地球、まどさんの大切なともだちの地球。

神様はまどさんだった。まどさんは元気でいたずらっ子のビーズを一粒遊ばせてあげて、だけど遠くへ行って迷子にならぬよう、焦げ穴で止めてやったのだ。大好きなおかあさんが困らないために。